相互RSS


田原総一朗氏「テレビの現場、クレーム恐れている」「昔は言論の自由を守っている人が多かった」

1:■忍法帖【Lv=9,シャドー,pJ7】 第13艦隊◆IpxlQ2BXrcdb[]:19/05/07(火)11:07:15 ID:???

朝日新聞デジタル2019年5月6日20時30分

 僕は32年間、生放送のテレビ討論番組「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日系)の司会をしてきました。

放送が始まったのは、1987(昭和62)年4月、朝日新聞阪神支局が襲撃される事件が起きた
1週間前のことでした。その後380回以上続き、平成の時代を通じて様々な立場の人たちの激論を見てきました。

 昔の出演者を振り返ると、「体を張って言論の自由を守っている」人が多かった。映画監督の大島渚
(なぎさ)さんは常に国家や権力に立ち向かう姿勢を崩さなかった。作家の小田実(まこと)さんは
「天皇制反対」を明確にしていました。作家の野坂昭如(あきゆき)さんなんかは、生放送中に放送禁止
用語をわざと言ってね。どこまでが言論の自由の範囲なのか、身を挺(てい)して挑戦していたんです。

 僕も同じですが、彼らに通底するのは戦争を知る世代だということです。

(以下略)

https://www.asahi.com/articles/ASM4V7H54M4VPIHB02N.html

2:名無しさん@おーぷん[]:19/05/07(火)12:18:11 ID:GDg.hv.c6

田原のタブーは有るんだよねぇ。
話させないし。

3:名無しさん@おーぷん[sage]:19/05/07(火)13:14:14 ID:W5V.5k.up

一方的に意見発信して好き放題出来た時代なだけだろ

4:名無しさん@おーぷん[]:19/05/07(火)13:42:15 ID:Wrx.si.mq

ネットの無い時代ならリスクも少ないわな

5:名無しさん@おーぷん[]:19/05/07(火)14:51:20 ID:I1B.s6.yb

あんた朝ナマの皇室議論のときなんて言った?

6:カール・リープクネヒト ■忍法帖【Lv=4,キメラ,V8i】[]:19/05/07(火)15:11:43 ID:2wc.bv.ka

私は昭和20年(1945年)9月2日、戰艦ミズーリ號甲板に於いて重光葵全権が降伏文書に調印して以降の国内の民主化闘争は評価しない主義である。
その理由は、勝者に媚びを売るを潔しとしないからだ。
純粋に美意識の問題として、勝者の尻馬に乗るほどに見苦しい振る舞いも他にあるまい。
そう言う私から見れば、である。
田原総一朗その他〝戦後人士ども〝は悉く、長い物に巻かれ過ぎ、不細工な事極まりない。
敗残者を鞭打つ。掌を返す。威光を傘に着る。これ程に(子供たちに)教育上悪い反面教師が他にあるであろうか?
戦後に於いて我がimperialismを批判する者たちは悉く、右の範疇に含まれるべし、と心得よ。
故に私は田原総一朗が如き典型的の〝戦後文化人士〝は人間性に於いて全否定せざるを得ないのである。

7:名無しさん@おーぷん[]:19/05/07(火)15:15:18 ID:xnY.s6.qr

朝日に金をはらってまで続きを読もうとは思わないが見当はつく。
彼らに通底するのは戦争を知る世代だと言うことですでピンと来たわ。
安倍は戦後世代で戦争を知らないから9条に手を付けるなと
朝日は朝日御用達の文化人を動員してよく書いていたわ。
今回も同様、ミエミエだわ。

8:名無しさん@おーぷん[]:19/05/07(火)15:19:58 ID:xnY.s6.qr

>>7
訂正 すでピンと来たわ。→ すぐピンと来たわ。

続きを読む

Source: 物見ニュース